知的障害と精神疾患。そして心理療法。
紀要には書かない主義だったのですが,アッサリ改心しまして,この3月に3本の紀要論文が出ました。そのうちの一本が標題の論文です。2016年の特殊教育学会にて,下山真衣先生主催のシンポでお話させて頂いた事例が元になっています。はじめて書く事例論文だったので,あまり具合もよく分からず,もう紀要でいいか…とハードルを下げたところ,いつもの遅筆がウソのように筆がよく進みました。紀要ってホントに楽ですね。これに慣れたらダメだと思いました。
知的障害のある人は心理療法の理想的な対象ではない。そんなような考えを伝える教科書を読んだことはあるし,実際,文献検索をしてみても,決して心理療法研究の中心に座ることのないpopulationだったことがよくわかります。しかし,実際には低くない頻度で各種精神疾患が併存することも示されているし,彼・彼女らにメンタルヘルスサービスを提供する必要性も,主にイギリスやオーストラリアといった国々では熱心に語られるようになってきている。最近では,RCTもちょくちょく行われはじめています。しかし,その効果に関する結論を下すには,まだまだ知見が足りないというのが現状なんだとか。
彼・彼女らを特定の対象とした心理療法のRCTが少ないのは分かった。でも,それ以外のRCTで得られた知見を彼らにも一般化できるのなら,それはそれで良いような気もする。ところが,JAMAとPsycARTICLESを使ってザッと調べてみたところによると,2010年以降に出版された心理療法RCT論文の約47%が,除外基準の1つとして知的障害を挙げていたんですね。参加者の知的水準をコントロールするってことなら,IQ分布の上側にも除外基準を定めるのが良さそうですが,そういう論文は全然無い。つまり,約47%の論文では知的障害そのものが要因として排除されているということになる。となると,少なくともそれらの論文に書かれた知見を彼・彼女らに一般化することはできないわけで,どうも話は簡単にはいかないらしい。
複雑な非薬物療法の開発過程は5段階に区分される,と述べたのはCampbell et al. (2000) でしたが,その後期にはRCT等の臨床試験が控えているとして,より初期の段階では,効果を発揮する治療の構成要素を見つけたり,治療機序をモデリングしたり…等のコツコツとした仕事が必要なんだそうです。コツコツに寄与するって点では,単一事例の報告にも意味があるかもしれないぞ,ということで,今回の論文を書いたのでした。既学習の言語的ルールのうち,治療目標に対し適応的なものはどんどん利用しようとか,意思決定支援やらセルフモニタリングの支援が良かったぽいとか,特に目新しいことは書いてませんけど,この先,僕よりもずっと優秀な人々の踏み台にでもなれたら,それはそれで嬉しいですね。