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行き着いたのは焼け野原? うつ病の実験精神病理学 EAPoM#02



Behavioral Therapy and Researchのvol.86で組まれた"Experimental psychopathology approach to understanding and treating mental disorders"という特集。この掲載論文を毎月一本ずつ読み,その内容についてオンラインで話し合う会,Experimental Abnormal Psychology online Meeting,略してEAPoM。第2回は12月7日,取り上げた論文は,Joormann & Stantonによる "Examining emotion regulation in depression: A review and future directions" でした。うつ病における感情制御のアレコレをレビューして,未来の話もしていこう,という感じでしょうか。

この手の「精神疾患の心理学的過程を実験的な方法論で調べていくぜ」的な研究文脈において,うつはかなり初期から取り扱われてきた対象ですよね。統合失調症とかと並んで,非常に伝統的なテーマだと言えそうです。しかし僕もめっきり不勉強なので,最近の展開をあんまり追えてない。情報処理バイアスだのなんだのと燃え上がった90年代から00年代初頭,そこから話はどのように進展したのでしょうか。このテーマに関してはハッキリと10年遅れた僕でも,コイツを読めば,それが分かるかもしれません。

……と思ったのですが,なんだよ!知ってることがほとんどじゃないか!というのがimmediate reactionでした。で,タイトルのように思ったんですね。これって既に焼け野原っていうか,終わった領域なのかな?という風に。さぁ,果たしてどうだったのか。

うつなりの感情制御,良し悪しあるで

話は「うつってのはさ,否定的な感情が遷延してるってだけじゃなくて,肯定的な感情が欠けてるっていう,そんな感情状態が特徴なんだよな」っていう概念化で進んでいきます。僕よりは絶対詳しい田中恒彦先生いわく「10年代以降のうつ病研究はアンヘドニアが鍵」とのことなので,この定義はそれとも合致しているように見えますね。ちなみに,これは感情制御について議論するうえで非常に有利な概念化です。なぜなら,感情制御は「否定的な感情を減らして,肯定的な感情を増やす」ことに他ならないからです。

このような舞台設定でどんな話が始まるか,詳しい人なら想像つくんじゃないですか?なんだかものすごく「認知的再評価やら気逸しは役立つけど,反芻やら抑制は役立たない」みたいなお馴染みの話が始まりそう…。で,それが実際始まるんですね。手堅いなぁおい!まぁいくらか目新しい話もありますが,それは単に僕が不勉強なだけだから……。

反芻について。「反芻は否定的な気分を維持し,否定的な思考を増やし,自伝的記憶を概括化させる。実際,前向き研究でも,過去のストレスイベントと将来のうつ症状の関係が反芻によって媒介されていた」云々。要は,嫌なことがあって→それを何度も思い返していると→うつがひどくなるっていう,単純かつ馴染みのある図式ですね。そしてそれは,思考内容ではなく,思考スタイル(思考過程と言っても良い)が問題なのだ!という,これまたお馴染みの発想につながると。


思考の抑制とか,感情表出の抑制についても概ねこんな調子でして,やはり物凄く目新しい話は出てこず,地味な展開が続く。感情表出の抑制がうつ症状の深刻さと関係するし感情抑制は反芻と関係すると。一応最近の発見として,感情抑制のその感情のvalenceを問わないんだよって話もされていて,ってことは,もしかすると強い感情を覚える事自体がコワイのかもしれないし,それってdysphoriaの特徴でもあるよね,という議論に繋がっていく。この概念化は3rd gen.って感じしますよね。体験の回避みたいな。

感情制御研究でよくオススメされるのが認知的再評価で,これはつまり物事の受け取り方を変えることによって感情を制御するっていう方略ですけど,これにも文脈の影響があるらしい。どうやら,普段から反芻とか抑制みたく機能的でない方略をよく使う者ほど,認知的再評価が効果を発揮するらしい。思考内容とか思考過程が維持因子となっているような抑うつ気分の方が,思考への介入が効果的ということであれば,さもありなん。

後はあれですね,言われりゃできるが,普段から自発的にするかっていうとしないぞ問題。確かに認知的再評価は何かしらの効果を発揮するのだろうけど,感情制御ってのは日常生活に織り込まれたものですから,その様式はほとんど生活習慣と言って良い。そういう意味で,それ単体の効果よりも,そのspontaneous useに注目する研究者が結構いるっぽい。オペラント軍団に言わせると,般化の問題ってことにもなるかもしれない(分からないけど)。

気逸しについても少し書いてある。抑うつ気分に一致しない記憶(幸せな記憶)を思い起こさせてもうつ病の人の気分は改善しない(統制群の気分は改善する)けど,気逸し課題を行わせると気分が改善するという興味深い実験は,このレビューを書いたJoormannによる仕事でした。良いことを思い出させても,うつは良くならないってことですけど,うつ病の人はポジティブな情報に注意を焦点化できないから,良いことを思い出しても気分が変わらないってことなんじゃないかな?なんて考察がなされています。

Neural Correlatesについては割愛。DLPFCやらVMPFCやらがhypoactiveやらなんやらで,limbic regionsがhyperactiveでどうのこうの,と書いてありました。

嗚呼,麗しき青春の認知バイアス

流行りましたよね。本当に流行った。うつ病の認知バイアス研究。僕はしなかったけど,好きだったなぁ。今はどこまで進んでいるのか。00年台には既に結論じみた議論が行われていたようにも思いますけど,さて,どうだろう。ちなみに,この手のがバイアスは症状なのか,それとも脆弱性なのか,という議論も昔からあったように思いますけど,この著者の立場は「どちらも」という感じでした。

1.注意の話

注意に関して言えば,この論文にもあるように,バイアスが生じるのはSOA長めの実験条件においてだ,というのがコンセンサスなんじゃないでしょうか。つまり,情報処理過程の「後の方で」バイアスが生じる。そしてどちらかというと,「注意が向いてしまう」よりも「注意を移せない(解放できない)」ことの方に問題がある。

最近ではこういうのもeye-trackingで調べるのだそうな。いわく,うつの人はそうでない人よりも,悲しみや喪失に関わる画像に,長く視線を向けている。ただし,そうした刺激に視線を向けやすいわけではなくて,一旦見ると長くなる。そして,そうした注意バイアスが,抑うつ気分からの回復を妨げる。これには,ポジティブな刺激に注意を向けることが少ない,というバイアスも関わっている。目新しさは無いけど,おそらく,細部において進展しているのだと思います,というか,思いたい。


さて,こういう基礎研究から,認知バイアスの修正Cognitive bias modificationというアプローチが導かれるのは,当然の帰結ですね。著者らの立場は「効く」。深刻なうつに悩む人々に注意訓練を行ったところ,抑うつ症状が軽くなるだけでなく,反芻も妨げることができた,なんていうRCTの結果も紹介されています。この種のアプローチには夢があるっていうか,極めて「心理学っぽい」から,そういう風になっていけばイイなぁなんて,完全に他人事ですけど,思っています。

2.解釈の話

解釈って概念は,機能還元の解像度が粗いというか,記憶やら注意やらとはちょっと話の水準が違うように思うんですよね。解釈が「あいまいな刺激に対する認知的評価」みたいなものなのだとしたら,それはある種の推論のようなものではないか。だとすると,推論を行うまさにその時,オンラインになっている情報の有り様に左右されるのではなかろうか。つまり,肌の外側に存在するどの刺激に注意が向けられているか,肌の内側においてどのような記憶が想起されているか,といった,より細かく還元された機能の有り様によって,曖昧な状況への解釈は左右されるのではないか,と,そんなような話で盛り上がりました。この論文でも,「記憶バイアスは認知的評価を左右するよ」と書いてある。そうでしょうそうでしょう。


少し前に作話の事例研究をしたんですけど,作話の現代的な定義というのは,当初よりもかなり拡張されていて,誘発作話やら自発作話だけでなく,誤記憶もそれに含むんですね。単語学習-再生課題において,リスト外の単語が侵入してくるとか,そういうのも作話と共通性をもつものだと考えられるようになっているんです。この仕組として有力視されているのが,「文脈と無関係な連想を抑制する機能が損なわれた結果,無関係な情報をもとにした推論が行なわれてしまい,現実とは異なる内容の発話がなされる」という,実行機能っぽい仮説なんです。これ,うつ病に特有の否定的な解釈にも通ずるものがあるなと,そんな話もしました。

つまり,否定的な刺激への注意開放困難,肯定的な刺激への注意の向き難さ,肯定的な情報よりも否定的な情報のほうを思い出しやすい……といったような定番の情報処理バイアスは,状況に対して否定的な推論を行わせるのに十分な文脈を与えるのではないか。うつの人によくある否定的な陳述は,作話みたいなものなんじゃないか,みたいな。実際,そんなようなことが,この論文の後の方にも書かれていました。もちろんそれを作話とは言っていないけど!

3.記憶の話

否定的な情報を思い出しやすいとか,自伝的記憶へのアクセス可能性が高まっているとか,気分一致効果が云々とか,おそらく最も研究が進んでいる分野でもあるからなのでしょうが,もはや常識と言っても良いような記述が目立ちます。記憶の概括化なんかは新しい話題かもしれませんね。すなわち,うつの人に特定のエピソードを思い出すよう教示しても,概括化された記憶しか出てこない,というような。そしてその仕組みについては,認知コントロールの障害とか,反すうによる影響とか,いくらかの知見も挙げられてはいますが,引用されてるのは00年代の論文だったりして。それ以降にもあるんじゃないのかなと思うんだけど…。なお,具体性を増すような訓練を行うと,うつ症状も反すうも軽快するっていう実験もあるみたい。

4.認知コントロールの話

認知コントロールって何やねん!→注意やら作業記憶に関する,抑制とか解放とか更新みたいな実行機能ぽい過程,ということだそうです。うつとか反すうが実行機能の問題と結びついているという知見はいくらもありますし,そのようなまとめ方は同然ありうるでしょうね。

作業記憶の内容をコントロールできるかどうかは,抑うつ気分の調整にすっごく影響するのだそうです。いわく,気分一致効果によって容易に表れてくる否定的な表象を,作業記憶から取り除くことを難しくするし,そうすると,その状況に対する評価やら解釈を更新するのも難しくなると。なるほど。さらに,それは反すうをより深刻なものにもさせるのだと言います。そうでしょうそうでしょう。


解釈のところでも書きましたけど,最近は,「気分と一致した記憶を抑制することの障害」がうつ病に関わっていると考えられるようになってきたそうです。そも気分一致効果ってそういうもんじゃん?って思うけど,そのメカニズムに関する仮説っていうことなのかな。これに関していくつかの実験が紹介されていたんですけど,どれも興味深いものです。これとかこれとか。この著者が関わっている研究がこの辺で沢山引用されていますから,多分著者は認知コントロールの障害説を推す立場なのでしょうね。実際,この話題が一番おもしろかったし。

焼け野原,というわけでもなさそう

感情制御,記憶,注意のあたりを読んでいるときは,知ってるぞそれ!という感じが強かったのですが,認知コントロールのあたりを読むに,どうやらこれまで別々に集まっていた知見が収斂してきているのかな?という風に思いまして,焼け野原というよりも,それはむしろ収穫期なのかもしれませんね。あれだけ流行ったんだもん。豊かな実りがあって然るべきっていうか,そうあって欲しいよね。ただやっぱり,引用文献が古めなのは気になるよ!

ということで,これまた結局はオモシロイ論文でした。ありがとうございました。

次回は1月。テーマは摂食障害です。


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