Gimme Some More!! 摂食障害の実験精神病理学 EAPoM#3
Behavioral Therapy and Researchのvol.86で組まれた"Experimental psychopathology approach to understanding and treating mental disorders"という特集。この掲載論文を毎月一本ずつ読み,その内容についてオンラインで話し合う会,Experimental Abnormal Psychology online Meeting,略してEAPoM。記事を書くのが遅れに遅れた第3回の題材は,Anita Jansenによる”Eating disorders need more experimental psychopathology”でした。ポエムなタイトルが明確なメッセージを発しています。まだだ!まだ足りぬ!摂食障害に,もっと実験精神病理学を!
曰く,この20年ほどでこの領域は発展してきたけれど,未だに摂食障害の中核的なプロセスに関する知識は十分なレベルに到達していない。現状,お世辞にも劇的な効果を発揮していない摂食障害の心理療法が,より効果的なものとなるためには,その知識が絶対的に必要なのだ……というのが,著者の提示する議論の前提です。治療からのドロップアウト率の高さ,再発率の高さなども指摘されていて,摂食障害の心理療法は,まだまだ著者の望むようなレベルには達していないということなのでしょう。著者はこういう立場ですから,単なる治療効果の検証には満足しません。RCTだけやっててもあかんのや!変化の因果を明らかにするには,実験が必要なんや!と熱く語ります。そうでしょう,そうでしょう。
この論文では,実験精神病理学の勘所がまとめられていて,大変参考になります。ザッとまとめると以下のような感じです。
治療はある種の変数を操作し,症状を制御する試みであるから,どのような変数に因果的効果があるのかを知らねばならない。その際,病態の全てをモデル化することなど,願うものではない。それが仮に部分的なものであっても,因果関係の証明が必要なのだ。仮に変数Aを生じさせた場合に,症状Bが誘発されるなら,そこには因果関係を想定できる。同様に,変数Cを除去した場合に,症状Dが低減するなら,そこにも因果関係を想定できる。そしてそうした因果関係は,健常群対象のアナログ研究でこそ明らかにできる。なぜなら,病理という最大の交絡要因を統制できるから。研究知見を臨床にトランスレートするのは,因果関係を証明した後にやってくるステップであり,実際に患者の症状を軽減できたならば,その因果関係に関するモデルは頑健なものだとみなせる。
これはなかなか大胆なものの考え方です。「いやー,臨床の研究は,臨床でやらないと価値ないよね~」なんて意見を聞くことも稀ではないなかで,いや違うと。アナログ研究から始めるべきなのだと。そんな風に言い切れるのは,まさに著者がそれをやってきたからに他なりません。この論文では,これまでに行なわれてきたこの種の努力を,3つのセクションに分けて紹介しています。
据え膳食わぬは,据え膳食えぬ
神経性やせ症(Anorexia nervosa)の人はとにかく食べない。だから体重を失う。体重が増えることに対する強烈な恐れは,食事制限とともに,代償行動としての激しい運動を駆動するーー。それはよく言われることなんだけど,実際のところ,その背景にあるメカニズムはまだよく分かっていない。報酬系の問題が関連するとは言われるけれど,まだその因果関係に関する理論は確立されていないのだそうです。著者の推す仮説は,意図的にもたらされた自己誘発性の飢餓状態が,報酬系の機能異常を引き起こす,というものです。報酬系はトップダウンプロセスの影響を受けやすく,マインドセット次第でその活動が変わってくることが知られています。実際,ある種のマインドセットは,摂食障害の症状に影響するだけでなく,食刺激に対する生理反応をも左右することが示されています。Frankortらが2012年に行った研究では,「まじチョコうまそう」というup-regulatingなマインドセットが報酬系を賦活させ,「チョコとかマジ太るし」というsuppressingなマインドセットがその賦活を減弱させる,という実験結果が示されています。これはまさに,食関連のマインドセットが報酬系の活動に対して因果的な効果を持つ可能性をしめしたものだと言えるでしょう(ちなみに,この研究はJansenのラボで行われたもの)。
行動についても見てみましょう。他人にメチャウマ料理を作る神経性やせ症患者も,自分では食べません。摂食の伴わない食関連刺激(匂い)への持続的な曝露は,食関連刺激を先行刺激とした摂食行動を消去させるように働くはずです。実際,そのような曝露を経た者は,食関連刺激に対する報酬系の活動が減弱するのです。chocolate loversの報酬系が,チョコを見ても活動しにくくなるっていう,なんとも傍迷惑な実験……。まぁ要するに,飯を目の前にしながら食わないって経験を重ねると,そも食いたくなくなるってことなんでしょうね。ちなみに,肥満症の人が食事制限するときは食刺激との摂食自体を避けるから,上記のような消去が生じないのではないか,というのが著者の見解です。なるほど,尤もらしい。
介入についても,いくらかのヒントが書かれています。消去は連合の消失と同じではない,という点が,何かしらの足がかりになるのではないか,というような予感を残して,次のセクションへ。
いわゆるひとつの「メシ喰うな!」
次はむちゃ食い(Binge eating)に焦点が当たります。むちゃ食い中は摂食行動がコントロールを失い,禁断の果実たる高カロリー食品がどんどん胃に収まっていきます。一般に受け入れられている説明は,食事制限後にむちゃ食いが生じるという因果モデルですが,それには疑義を呈します。曰く,そうした主張に繋がる研究の多くは相関研究であり,実際に食事制限を変数として操作するような手続きは含まれていない。だからその因果的な効果についての結論は導けない。因果関係を知りたければ,実際にカロリー摂取に制限をかけて,それがむちゃ食いを引き起こすかどうかを調べるべきだ,と。そのうえで,最近行われたその種の研究をレビューしてみると,食事制限は健康に良い,という結果ばかりが出てくる。逆に,むちゃ食いの兆候を検出した研究は見当たらないのです。故に,別の説明が必要だ,ということになる。
Jansenのラボが行った研究(例えばJansen et al., 2016)では,むちゃ食い傾向は,食品や食品手がかりへの反応性によって生じる,という主張がなされています。食品への反応性とは,食べることへの強い欲求や,唾液分泌量の増加,ホルモン応答や報酬系賦活といった,心理学的・心理生理学的反応のことを指しています。こうした反応性は,飢餓であるかないかに関わらず,食行動を動機づけるのだといいます。むちゃ食い傾向者や肥満者は,こうした反応性が統制群よりも強いこと,その強さには遺伝的背景が存在すること,それに加えて,Pavlovian条件づけによっても強められること,などがズラーッと紹介されまして,著者はこれを「むちゃ食いの学習モデル」と称しています。これを前提とした場合に,介入として有望だと予測されるのは,Pavlovian条件づけの消去ということになりますね。つまり,神経性やせ症の人が示していた「据え膳食わぬは,据え膳食えぬ」なパターンを,ここで意図的に生じさせるということです。まだRCTは行なわれていませんが,実際にその有効性を示す文献がいくつも出版されている様子。最終的にどんな実を結ぶかは分かりませんけど,一貫した方略に沿って生み出された研究のズラッとした紹介は,なんとも圧倒的ですね。
わがままBODYに振り回される
最後のセクションは,身体の過剰評価です。すなわち,体重や体型といった身体的特徴の変化を,重く見すぎてしまうという傾向に焦点があたります。上がるも下がるも体重次第,というような傾向ですね。近年の認知行動科学では,この傾向こそ,神経性やせ症の発生・維持・再燃に関わる中核的病理である,とも言われているようです。これに並んで,昔からよく言われるのは肥満恐怖ですね。肥満恐怖によって駆動される身体チェック行動が,特定の身体部位に対する注意バイアスを生じさせ,身体満足度を低下させてしまう…,実に皮肉なものです。確認強迫にせと,親密関係における再確認傾向にせよ,辛いことが起こらないように,もしくは,起こっていないことを確認するために,必死の努力を行っているのに,余計に結果が悪くなってしまうのですから,「確認」というのは実に皮肉な営為です。
著者らの行った注意バイアス研究によって得られた知見は,なかなかに興味深いものです。摂食症患者が,自分自身で定義した「良くない身体部位」に注意を向けやすい一方で,統制群は「良い身体部位」に注意を向けやすいのです。さらに,自分以外の身体部位を刺激とした場合には,これが全く逆になるんですね。つまり,摂食症患者は他人の「良い部位」に注意を向け,統制群は他人の「良くない部位」に注意を向ける。なんということでしょう。こんな風に世界を見ていたら,身体満足は低下する一方だし,その状態はどうしたって維持されてしまいますよね…と,常人は納得しそうになりますが,著者は違う。「これはあくまで相関。因果はまだだよ!」と息巻いている。そして紹介された研究では,健常女性に注意バイアス訓練を施し,「良くない部位」に注意が向きやすい状態にすると,案の定,身体満足度が低下したのです。さらに,「良い部位」に注意を向けさせても身体満足度は高まりませんでしたが,一度「良くない部位」に注意を向けさせ,身体満足度を低下させた後に「良い部位」への注意バイアスを訓練すると,しっかり身体満足度が回復する,ということまで突き止めたのです。
こうなったら,もう介入にトランスレートするしかありませんよね。で,実際やってみた。既に「良くない部位」への注意バイアスを有しており,身体満足度が低下した状態にある健常女性が対象です。先の研究を参考にするなら,「良い部位」への注意バイアス訓練を施せば,身体満足度が回復するはずですね。結果,それはそうなったんだけど,何故か「良くない部位」への注意訓練を施した条件でも身体満足度が高まったのだそうです。これは新たな謎であり,著者も今後の研究に期待!と述べています。
最後に紹介されるのは評価条件づけ実験です。もちろんここにもJansenが関わっている。実に凄いですね。曰く,身体満足はsocial issueでもある。つまり,人からどう思われているか,ということにまつわる考えが,自分の身体への評価に転じてくるんですね。ということで,笑顔画像の後に自分の身体画像を呈示することで,自分の身体を好きになってもらう実験を行いました。結果,確かにそのような効果が検出されています。まぁとはいえ,この研究文脈はまだこれからという感じですね。
さて,JansenによるJansen無双論文,最高でした。その主張に対して全面的に同意できるわけではありませんが,一貫した研究戦略と著しい生産性は圧巻の一言。議論の土俵を自分で設定してから本題に入るっていう構成もまた,見事です。お手本にしたい論文ですが,書き方だけを真似ても,本質を真似たことにはならない。そんな論文でした。
次回EAPoMは,アルコール依存の実験精神病理学です。